テーマ:バッハ

降誕節第4主日司式祈祷(2017年1月15日)

私どもの主イエス・キリストの父なる御神、それ故に私どもの父としても、今ここに臨み給う御神、ここにこのようにして集まり、本当に不思議な気が致します。 何のために、何に動かされて、この小さな群れが、このようにこの朝、ここに集まることができたのでしょうか。 私どもがここに集いましたのは、ただ、あなたの言葉を聞きたいと願うからです。 あな…
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降誕前第2主日(待降節第3主日)司式祈祷(2016年12月11日)

イエス・キリストの父なる神さま、だからこそ、あなたのひとり子である主イエスを通して、私たちをあなたの子供たちとして、確かに迎え入れてくださった神さま、ありがとうございます。 救い主の到着を待ち望む待降節にあって、二千年以上前の救い主の到来の待望に思いを馳せると共に、今私たちはキリストが永遠の審判者として再びおいでになる日を待ち望みつつ…
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降誕前第4主日司式祈祷(2014年11月30日)

恵み深い、主イエス・キリストの父なる神さま、み名をあがめます。 主イエスが木の上のザアカイを見上げて「ザアカイ、急いで降りて来なさい」と言われたように、あなたが私たち一人の名前を読んで下さり、この礼拝に呼び集めて下さったことに感謝します。 兄弟姉妹と共にみ言葉に聞き、声を合わせてあなたを賛美することのなんと嬉しい事でしょうか。 …
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インマヌ・エル(神はわれらとともに)

ストレスで神経を患って数年間通院し続け、ある夏にとうとう職場を離れて療養することになったことがあります。 主治医に実家に帰ることも促され、最初の一週間ほどは老父母の許で厄介になりました。 実家は大神宮のそばにあります。 私は、そこを庭のようにして育ったためか、子供のころから神宮や神社に参拝すると心が澄むように感じていました。 …
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エヴァンゲリストの経験

今度、バッハのクリスマスオラトリオの第1・2部の演奏で、合唱とともにエヴァンゲリストとアリアのソロも担当します。 これまで、ソリストはヘンデルのメサイアを、やはり合唱とともに何度か演奏してきていますが、クリスマスオラトリオは初めての経験です。 何と言っても“バッハ”です。そしてドイツ語です。そして何よりも、福音史家として聖書を朗読し…
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「主よ、あわれみたまえ」

「一行がエリコの町を出ると、大勢の群衆がイエスに従った。  そのとき、二人の盲人が道端に座っていたが、イエスがお通りと聞いて、『主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください』と叫んだ。  群衆は叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます、『主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください』と叫んだ。  イエスは立ち止まり、二…
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コラールの研究(?)

受難週に入る3月28日(日)に 今年も マタイによる福音書の朗読と バッハのマタイ受難曲のコラールの 日本語訳の演奏を 鍵盤伴奏で行ないます 合同聖歌隊の代表の方にお願いして その練習を担当させてもらいました 指導することになると ただ歌っているときと違って 他のメン…
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心の深いところ

20年ほど前に バッハのミサ曲ロ短調のCDを聴いていて 涙が出て止まらなくなった経験から いったい これは何なんだ という疑問の答を知りたくて バッハの作品を聴き始め また 演奏するようになりました そして バッハがこだわったコラールが どのようなものなのかを知りたくなり キリスト教会の礼拝に 参加したり しはじめま…
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バッハの問いの前に立っている(『J.S.バッハ―時代を超えたカントール』)

《マタイ受難曲》を聴いてどうするか、それは各自の決断です。聴き終わって、私は罪ある者であって愛と赦しを必要とする人間だ、その愛が、あのイエスにおいて実現したとバッハは指し示しているのですが、それを信じるか信じないかは、その場まで、キリスト者であろうとなかろうと何も変わりはないのです。最後の一瞬まで、キリスト者もそうでない人も、まったく同…
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音楽と祈りと信仰と

カラオケが流行り始めたのは高校生の時でした。遠足や修学旅行の バスの中で聞くのが、ガイドさんのお話から級友達のシャウトに 替わりました。(苦笑) 当時から私は合唱部に所属していました。カラオケで歌いたい歌が これといってなかったのですが、マイクが回ってきた時には歌わ ざるを得ないので、自分が気持ちをこめて歌える歌を探しまし…
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信仰とは何か

 一人の青年が深刻な顔つきで尋ねました。  「信仰って何ですかね」  聞かれたのは、ひとりの年配の女性。長い間、教会付属の幼稚園で教諭として働かれた方でした。  「そりゃー、あーた(あなた)、自分より偉(えら)かもんば、持つことですたい」 と熊本弁で答えが返ってきました。 (同誌第34ページ(信仰者と心の健康/賀来…
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「なんじ、死すべし」(BWV106)

「『なんじ、死すべし。』 これは昔からの定め。」 (バッハ作曲カンタータ106番《神の時こそ いと良き時》2d.三重唱より  シラ書〔集会の書〕14:17) =============================== キヨシロウが逝った。 癌が再発したときから、遅かれ早かれ こういう日…
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もっとうまくなったらもっと楽しい(『のだめカンタービレ』)

「君の言う『上』ってよくわからないけど……  音楽やってて……  単純にうまくできたら嬉しいし  もっとうまくなったら  もっと楽しいんじゃないかって――  ボクはそう考えるのも楽しいんだけど  君はそう思わない?」 (同書第78ページより) =======================…
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「G線上のアリア」に落涙

MUSIC IS THE HEALING FORCE OF THE UNIVERSE. ―――ALBERT AYLER 音楽は宇宙の治癒の力である     アルバート・アイラー =================================== 先日…
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音楽礼拝の準備(映画『パッション』)

明日の午後、「受難節の賛美と黙想」と題した音楽礼拝に 助っ人として参加します。 同礼拝の中心は、マタイによる福音書朗読とコラール演奏です。 同福音書の中の、J.S.バッハ作曲のマタイ受難曲に取り上げられている部分を お手伝いをしている聖歌隊や会衆と共に朗読し、 その中で、マタイ受難曲…
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ユビキタス -Ubiquitous- (BWV232)

Cum Sancto Spiritu in gloria Dei Patris. Amen. 聖霊とともに 父なる神の栄光のうちにいませば。 アーメン。 (同CD第12曲より。訳:杉山好) ================================= 私は通勤電車の中で、前の晩に録音したラジ…
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世界遺産での“Benedictus”(BWV232)

Benedictus qui venit in nomine Domini. 祝福あれ、主の御名により来たる者に。 (同CD第24曲より。訳:杉山好) ================================= 先の記事にいただいたコメントへの返信で プラハ城を訪れたことがあることを書きまし…
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「いえすへの こうぎ」(『うたをうたってあげたい』/『深き淵より』)

高校生の時に、博愛ということについて考えたことがあります。 その頃に出会った、前掲の詩集の中の「いえすへの こうぎ」という 詩を読んだのがきっかけでした。 その後、大学の倫理学のレポートでこの詩に関して取り上げ、 また学生合唱団の指揮者を務めた4年生の時に、以前の記事で紹介しました、 …
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何のための音楽(『男の人って、どうしてこうなの?』)

今日の男性にとって、どんな宗教のブランドを選ぶかはそれほど重要ではない。宗教間の違いは、様式や手法の違いに過ぎない。真のキリスト教徒や仏教徒やアボリジニーの長老は、共に探求し、分かち合える多くの共通項を見出すだろう。ある意味で、どんなスピリチュアルな道にも、それは言える。しかし、人生において何らかのスピリチュアルな実践法をもたな…
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うたうこと と 祈ること

“うたうことは,二回祈ることである。”                     聖アウグスチヌス 『混声合唱組曲 深き淵より』 (作詩:ゆきやなぎ れい 作曲:萩原英彦 カワイ出版 1980年7月) 第2ページより(下線は原文では傍点) http://www.kawai.co.jp/shopping/detai…
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音楽があるはず(『NHK you gotta Quintet~classics~』)

もう何年も前のことだが、アキラさんはこんな経験をしたことがある。 『ピアノの前でね、作曲してたんだ。一匹の羽虫が飛んできたよ。宮沢賢治のよだかの星に出てくるよりもっと小さめの天使のような羽虫だったよ。その羽虫がピアノの鍵盤の上にね、ポトリと落ちて死んだんだ。きっと寿命だったんだね。その時ボクは思ったよ。あれっ、さっきまで飛んで…
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人を決して追いつめない(『目覚めのバロック』)

バッハは小さい頃から両親を失って貧乏だったので勤勉で、ロウソクの下で徹夜を重ねて作曲に追われましたが、それを示すようにバッハの楽譜は細かく、余白にまでびっしり書かれているそうです。 そして、目を悪くしてその手術がもとで亡くなっていますが、バッハは二十人の子供のうち十人を失い障害を持つ子もいた苦労人でしたから、『受難曲』…
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音楽の持つ力(J.S.バッハ作曲カンタータ第106番「神の時はいと良き時」)

聞いた話です。 真剣に自殺を考えた人がいました。 その原因は、お客様の前で 同じ会社の他部門の上役から叱咤を受けたことで、 販売職として最悪の辱めを受けたと感じたためでした。 週末になっても「自殺」の文字が頭から離れませんでした。 「これではいけない」と思いながらも、 その状態を止める事ができませんでした。 …
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心を揺さぶられる音楽(J.S.バッハ作曲「ミサ曲ロ短調」BWV232)

私はこの曲の第1曲“Kyrie eleison”を聴いて 大泣きしてしまった経験が2度あります。 泣き叫ぶというのではなく、 涙があふれてきて止まらなくなってしまった というものです。 1度目は、上記のCDの第1曲、 “Kyrie eleison”を聴いた時でした。 第1曲目の冒頭の5小節の部分は、 合唱…
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