「善悪の知識」と「死」に関する思索

創世記2章17節でアダムが神から 「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」 と言われたにも関わらず食べてしまって、 アダム、つまり人は土・塵に返るものとなってしまいました。 しかし、なぜ善悪の知識が死につながるのでしょう。 善悪の知識は裁きにつながっていて、 人が神に代わって自他を裁くよ…
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降誕節第9主日礼拝 司式祈祷(2014年2月23日)

 恵み深い、主イエス・キリストの父なる神さま、あなたのみ名をあがめます。  あなたが光をつくられ、あなたのみ子が復活されたこの日、あなたに招かれ、あなたのみ前に集まって新たな週を始めることができますことに深く感謝いたします。  過ぎ去った週を思い返しますに、私たちのそれぞれに様々なことがありました。  喜ばしいこともありました…
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友を亡くした人のためのとりなしの祈り

主なる神さま、 友を亡くした人を覚えて祈ります。 身近な人が自ら命を断った時、人は「なぜあの時声をかけられなかったのか」「何もしてやれなかった」と苦しみます。 「かたくなに胸のうちに隠していた思いを聞いてあげたかった。聞かせてほしかった」と悲しみます。 そのような思いから逃れることは、私たちだけの力ではできません。 私…
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エヴァンゲリストの経験

今度、バッハのクリスマスオラトリオの第1・2部の演奏で、合唱とともにエヴァンゲリストとアリアのソロも担当します。 これまで、ソリストはヘンデルのメサイアを、やはり合唱とともに何度か演奏してきていますが、クリスマスオラトリオは初めての経験です。 何と言っても“バッハ”です。そしてドイツ語です。そして何よりも、福音史家として聖書を朗読し…
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とりなしの祈り

神さま。 今、希望を心に映したいと願う人がいます。 信じる人と同じ未来を生きたいと願う人がいます。 その願いを、思いそのものを、愛おしみながら毎日を生きていきたいと願っています。 心の通うことと我が通ることとを勘違いせずに、互いに真の自分であり続けたいという願いです。 その人をいまだ苦しめる、過去の出来事があります。 人…
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聖霊降臨節第2主日礼拝 司式祈祷(2012年6月3日)

 父・子・聖霊の、三位一体の神さま。  地上に生きる私たちの救いのために、持っておられるすべてを注いで、私たちに対する愛を明らかにして下さった、父と子と聖霊との、三位一体の神さま。  み名をあがめます。  待降節、降誕節、受難節、復活節を経て、先週よりは聖霊降臨節の中を歩んでいます。  先週のペンテコステ礼拝では、聖霊である…
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司式祈祷

先の復活祭で 受洗して約3年が経ちました 昨年の4月 どういうわけか教会の役員に選出され 5週間に1回の割合で 礼拝司式の担当が回ってきます 礼拝説教の少し前に 司式者による祈祷があります 祈祷書による成文祈祷ではなく 自由祈祷です 祈りに含める内容に関するある程度のガイドラインはあ…
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「主よ、あわれみたまえ」

「一行がエリコの町を出ると、大勢の群衆がイエスに従った。  そのとき、二人の盲人が道端に座っていたが、イエスがお通りと聞いて、『主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください』と叫んだ。  群衆は叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます、『主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください』と叫んだ。  イエスは立ち止まり、二…
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「十字架と復活、そして福音の勝利」

今年で9回目を数える音楽礼拝が無事に終わりました 内容は 聖書朗読とメサイア第2部の演奏でした 私はテノールの合唱と独唱を受け持ちました ヘンデル作曲の『メサイア』は全体が3部に分かれていて 第1部の主題は「預言と降誕・良き羊飼い」 第2部は「受難・復活から救いの完成まで」 第3部が「死者の復…
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人をつなぎとめる力

「人びとをつなぎとめておくために、誰かを威喝し、罰し、不安と恐怖の力を用いることがあります。しかし、それこそ罪のわざです。」 『礼拝と音楽 No.145』(日本キリスト教団出版局)第87ページより =============================== この春 新入社員研修の事務局と講師を担当しました …
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コラールの研究(?)

受難週に入る3月28日(日)に 今年も マタイによる福音書の朗読と バッハのマタイ受難曲のコラールの 日本語訳の演奏を 鍵盤伴奏で行ないます 合同聖歌隊の代表の方にお願いして その練習を担当させてもらいました 指導することになると ただ歌っているときと違って 他のメン…
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人生を真剣に考える

キリスト教月刊誌『信徒の友』に掲載されている 聖書朗読日課である 「日毎の糧」に沿って 昨年末から聖書を読み進めています 主日日課は教会暦に沿って 福音書・使徒書、詩編、旧約の主要箇所を網羅していて 4年サイクルになっているとのことです なんとか1ヶ月半ほど続いています また昨…
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確信

合同聖歌隊によるクリスマス演奏が、昨年末も無事に終わりました 第1部では讃美歌や典礼聖歌、カロルを歌うとともに 聖書朗読とクリスマスメッセージを行ない 第2部はヘンデル作曲のメサイア第1部の全曲を演奏しました 私は、第1部、第2部の双方でソリストを務めました ライブ録音のCDをもらったので、…
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本物のクリスマスの歌(『CD付き クリスマス音楽ガイド』)

 途方に暮れていると、金子さんから「本物のクリスマスの歌にしてほしい」と注文がつきました。たしかに、クリスマスはもともとキリスト教会の祭りです。もちろん、クリスマスを教会が独占してよい理由はありません。商店街のクリスマス商戦も、キャバレーのクリスマス・イブのパーティも、無宗教の家庭のクリスマス・ツリーも、すべてそれなりに存在理由がありま…
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心の深いところ

20年ほど前に バッハのミサ曲ロ短調のCDを聴いていて 涙が出て止まらなくなった経験から いったい これは何なんだ という疑問の答を知りたくて バッハの作品を聴き始め また 演奏するようになりました そして バッハがこだわったコラールが どのようなものなのかを知りたくなり キリスト教会の礼拝に 参加したり しはじめま…
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バッハの問いの前に立っている(『J.S.バッハ―時代を超えたカントール』)

《マタイ受難曲》を聴いてどうするか、それは各自の決断です。聴き終わって、私は罪ある者であって愛と赦しを必要とする人間だ、その愛が、あのイエスにおいて実現したとバッハは指し示しているのですが、それを信じるか信じないかは、その場まで、キリスト者であろうとなかろうと何も変わりはないのです。最後の一瞬まで、キリスト者もそうでない人も、まったく同…
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音楽と祈りと信仰と

カラオケが流行り始めたのは高校生の時でした。遠足や修学旅行の バスの中で聞くのが、ガイドさんのお話から級友達のシャウトに 替わりました。(苦笑) 当時から私は合唱部に所属していました。カラオケで歌いたい歌が これといってなかったのですが、マイクが回ってきた時には歌わ ざるを得ないので、自分が気持ちをこめて歌える歌を探しまし…
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神の作った世界の調和を知るための学問(『のだめカンタービレ』16巻)

1500年くらい前は 神の作った世界の調和を知るための学問が 天文学 幾何学 数論 音楽だったんだ 本来音楽(ムジカ)とは 調和の根本原理そのものを指していて 理論的に調和の真理を研究することが「音楽」だった 中世ではその音楽理論を熟知して 「理性の力によって作品全体に対し入念に音楽を判断できる人」を 「音楽家(ムジ…
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信仰とは何か

 一人の青年が深刻な顔つきで尋ねました。  「信仰って何ですかね」  聞かれたのは、ひとりの年配の女性。長い間、教会付属の幼稚園で教諭として働かれた方でした。  「そりゃー、あーた(あなた)、自分より偉(えら)かもんば、持つことですたい」 と熊本弁で答えが返ってきました。 (同誌第34ページ(信仰者と心の健康/賀来…
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「憎悪からは何も生まれない」(『PLUTO』)

「何も生まれない……  憎悪からは…………  何も……  生まれないよ……」 (同書第163ページより) ================================= 中学の時 数学で「絶対値」というものを学びました それは 数の大きさの概念を与える規準の一つで その…
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