聖霊降臨節第21主日司式祈祷(2016年10月2日)

イエス・キリストの父なる神さま、だからこそ確かに、あなたのひとり子である主イエスを通して、私たちをあなたの子供たちとして迎え入れてくださった神さま、ありがとうございます。
新たな月を迎えたこの秋の日の一日、私たちに、この礼拝堂に行く道を、喜びをもって急がせてくださいました。
この場所を備え、そのように私たちを招いてくださったのは、父なる神さま、あなた御自身であると信じます。

過ぎたひと月、長引く残暑に耐えながらも、私たちは私たちなりに一所懸命に生きました。精一杯に生きたと思います。
しかも、そのように精一杯に生きてきた私たちのあゆみが、あなたのみ心にかなったものでないことを、そして、多くのひとびとの期待に沿うものでもなかったことを、み前に認めなければならない私たちです。
こんなことを考えたり、こんなことをしたりすることは愚かなことだと自分でよくわかっていながらも、その愚かさから抜け出すことができませんでした。
このような言葉を、今語ってはいけないのだと知りながら、思いが高ぶる心のままに、その語ってはならない言葉を連ねてしまった私たちでした。
してはならないことをしてしまい、なすべきことをすることができず、そのためにかえってうろたえ、そして手にするべき喜びをも失ってきた私たちです。
福音を聞きたいのです。
罪が既に赦されており、生きていていいのだという承認が与えられているということを、生きて行く上で、あなたのみ心に対して的外れなことを繰り返すことからどうしても逃れられない苦しみから、既に解き放たれているのだということを知りたいのです。
そしてまさに、そのような私たちだからこそ、あなたは、今私たちを招いて、み言葉を聞かせようとしていてくださるのです。
そのことを信じて、悔いて砕けた魂をもって、耳を開くことができますように。
みことばを取り次ぐ牧者に聖霊を満たし、思い切って大胆に語らせて下さい。
奏楽者を支え、私たちの賛美を高らかに響かせて下さい。

父なる神さま、特に世界聖餐日である今朝は、あなたが与えてくださっている恵みの約束を証しする聖餐に与ろうとしています。
一つの食卓を囲み、あなたご自身であるところの一つの糧、一つの生命に与ってこれを分かち合うことで、世界に住む一人ひとりが兄弟としての交わりをここに持とうとしております。
あなたは今も「来なさい」「取って食べなさい」と言ってご自身を私たちに与え、永遠の生命へと招いてくださいます。
お招きに応えて、今よりのち、主にある新しい生活に入ることができるよう助けてください。
みんなで声を揃えて、「私たちは神を信じる、決してひとりではない、神が共にいてくださり、兄弟たちとともにいるのだ」との信仰の告白ができますように。
あなたが与えてくださっている大きな恵みの答の中で生きることができるようにしてください。

神さま、私たちの教会は、新しい礼拝堂をお献げして満3年を迎えました。
20年余り前よりの願いと祈り、献げられた宝と労力を用いて、あなた御自身がこの礼拝堂を建てて下さったことに、感謝をいたします。
そしてまた、響きの良い礼拝堂とチャーチオルガンが与えられましたことに深く感謝いたします。
あなたが作られた世界は素晴らしい調和によって創造されており、音楽を通じて、私たちはその世界の調和を知り、そして体感することができます。
礼拝後に行ないますオルガン演奏会をも、どうか祝してください。

今、祈りのうちに思いを広げつつ、心を一つにして、あなたの栄光をほめたたえることができますように。
あなたの栄光をほめたたえてこそ知ることのできる平安を、今与えてくださいますように。
「いと高きところには、神に栄光がありますように
 地にある神の民に、平和がありますように」

主イエス・キリストのみ名によって、感謝し、祈り願います。
アーメン


招詞:詩編100編1~2節
詩編交読:詩編133編1~3b節
聖書箇所:ヨシュア記3章1~17節
参考:愚直な道―マルコによる福音書―
   教会に生きる祈り―祈祷集
   日本基督教団出版局編(1978)『われらの祈り』日本基督教団出版局

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