降誕前第4主日司式祈祷(2014年11月30日)

恵み深い、主イエス・キリストの父なる神さま、み名をあがめます。

主イエスが木の上のザアカイを見上げて「ザアカイ、急いで降りて来なさい」と言われたように、あなたが私たち一人の名前を読んで下さり、この礼拝に呼び集めて下さったことに感謝します。
兄弟姉妹と共にみ言葉に聞き、声を合わせてあなたを賛美することのなんと嬉しい事でしょうか。
賛美の中には争いはなく、ただあなたを共に見上げてお互いを喜び合うことができます。
あなたが備えてくださったこの礼拝において、あなたを愛し、互いに愛し合うことを求めることができますことに感謝いたします。

過ぎた日を思い起こしますに、私たちが、言葉により、行ないにより、心の思いによって、あなたのみ前に犯した罪を覚えます。
み子は私たちの贖いとなられるためにこの世に来られました。
私たちの罪をお赦しください。
主よ、憐れんでください。

オルガンの演奏をもって私たちの賛美を支える、奏楽者を祝して下さい。
私たち自身の心を開いて、みことばに聞き従うものと成らしめてください。
みことばとは、聖書、主イエス・キリストご自身、そして説教です。
牧者を聖霊で満たし、思い切って大胆にみことばを語ることができるようにして下さい。

今日、み子のご降誕を待ち望む待降節を迎えました。
全世界の望み、そして私たちの魂の誇りである主イエスよ、
私たちはどのようにあなたをお迎えすればよいのでしょうか。
いったいどのようにお会いすればよいのでしょうか。
どうか、あなたの光で私たちを照らして、あなたを喜ばせる道を教えて下さい。

ひとつ点ったろうそくの光を見つめる時に、また一年、この地上の生活を生きることを許されたのだという思いが、抑えようのない喜びをもって湧き上がって来ます。
地上に生きることは、ただ喜びばかりではなく、悲しみでもあります。
孤独を思い知らされることでもあり、つらいことでもあります。
しかしこの苦しみを、喜びをもって担えるように、あなたはクリスマスの喜びを与えてくださいました。
今、その喜びに向かう歩みを始めます。
どうか、自分の人生をもうひとつ新しく生きることができるとの喜びを、共にわかちあうことが出来ますように。
ここにいる人々がひとりの例外もなくそれにあずかることができますように、お願いします。

肉体においてこの歩みを共にすることができない病床にいる友のために祈ります。
年老いてここに来られない信仰の仲間たちのために祈ります。
あなたをまだ知らず、道に迷っている人々のために祈ります。
あなたの、私たちといつも共にいてくださるとの約束が、特に孤独の中にあるこれらの人々に明らかにされるようにと祈ります。
私たちがここで知り得た喜びを、どんな小さなわざに託しても、それらの人々に持ち運んでいくことができますように。

今日、世界中の教会で持たれている礼拝に、主にある兄弟姉妹が集い、あなたの命の言葉にあずかって、豊かな交わりを形作ることを通して、あなたの栄光を表すことができますように。

いと高きところには、神に栄光がありますように、
地にある神の民に、平和がありますように。

主イエス・キリストのみ名によって、感謝し、祈り願います。
アーメン

招詞:ヨハネによる福音書3章16節
詩編交読:詩編25編1~14節
聖書箇所:ヨハネによる福音書1章1~5節
参考:コラール"Wie soll ich dich empfangen"
   教会に生きる祈り―祈祷集
   わたしたちの祈り50

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

2014年12月22日 00:50
御無沙汰しております。
気持ち玉をありがとうございました。
昨日はクリスマス礼拝とそれに続く祝会,キャロリングと一日教会で過ごしました。
この季節とは思えない大雪、そして寒さの中を大勢の兄弟姉妹たちとこの日を迎えることができ、感謝です。
2014年12月25日 17:41
コメントありがとうございます。ご無沙汰しております。
今年のクリスマスはなぜか、時代が主の再臨にむかってうごいているのだなぁなどという感覚を覚えています。
目を覚ましていたい。そのように願っています。
2014年12月27日 06:47
>時代が主の再臨にむかってうごいているのだなぁ

今の日本・世界の在り方を見ると、本当に「主の時」が迫りつつあることを感じますね。
人も自然も、ただならぬ気配の中、今年も1年が終わろうとしています。
「目を覚ましていなさい。」は先日のクリスマスのミサの中でも繰り返された言葉でした。

久しぶりにつながることができ嬉しかったです。
良い年をお迎えください。

この記事へのトラックバック