降誕前第9主日司式祈祷(2014年10月26日)

恵み深い、主イエス・キリストの父なる神さま、み名をあがめます。
暖かく、穏やかな、秋の日を迎えました。
あなたに一人ひとりが親しく名前を呼ばれ、招かれ、兄弟姉妹と共に礼拝を献げることができますことを感謝いたします。

神さま、あなたが私たちを男と女とにつくられ、また、ひとりひとり異なる人間としておつくりになったことを感謝します。
あなたが、この世界に生きるすべての命、とりわけわたしたち人間を、互いに支え合い、愛し合い、共に生かし合うものとしておつくりになったことを感謝します。

あなたが私たちをそのようにつくられたにもかかわらず、自分の思いによってあなたと隣人を憎んでしまう私たちの罪を、どうかお赦しください。
私たち自身は、その罪を償うことはとうていできず、日毎(ひごと)にただただ、あなたへの負債を大きくするばかりです。
あなたはそのような私たちのために、真(まこと)の人であると同時に真(まこと)の神であるみ子をこの世に遣わし、私たちの罪を担わされました。
神さま、どうか主イエス・キリストの贖いのゆえに、私たちの罪をお赦しください。

信仰とは、あなたを知ることであり、あなたに信頼することです。
牧者を通じてあなたが語られる解き明かしによって、あなたについて知らしめてください。
解き明かしのみことばを取り次ぐ牧者を聖霊で満たし、思い切って大胆にみことばを語ることができるようにして下さい。
オルガンの演奏を以って私たちの賛美を支える、奏楽者を祝して下さい。
私たち自身の心を開き、あなたに信頼し、あなたを賛美できるものと成らしめてください。
あなたが私たちに命じられた言葉を心にとめ、勇気と知恵をもって、この世界に対する私たちの責任を果たし、あなたのよきしもべとなることができますようにお導きください。

信仰生活が長くなり、そのためにかえってみことばに対して鈍くなっている人がいましたら、その心を幼子のように柔らかで、みことばに対して敏感な心に変えてくださいますように。
何度教会の集まりに出てあなたを求めても、あなたが生きておられることすらわからないとつぶやいている人がいましたら、どうぞ、その心の扉をあなたが開いて下さり、どんな現実にもまさってあなたが確かに生きておられることを、悟らせてくださいますように。

病床にあるひとがいます。
病床に仕えなければならないために礼拝に出られない人もいます。
礼拝にいくらでも来ることが出来るのに遠ざかったままでいる人もいます。
私たちが声をかけてもここに来ようともしない人々がたくさんいます。
しかし、どのような人もあなたが造られた者であり、あなたが支えていてくださる人々であることを信じます。
そのようなあなたの恵みを、私たちのことばと行ないとをもって、家族の中で、職場において、社会において、証しすることができますように。

苦しみがあなたによって与えられるのは、その苦しみを味わった人にしか果たすことの出来ない使命もまたあなたによって準備されているからです。
どのような苦しみにも意味があることをわたしたちに悟らせてください。
どうか私たちを、十字架上の主イエスに連なるものとならせてください。

世界中で苦しみながら、喜びながら、忍耐しながら、讃美しながら生きている、主イエス・キリストの体である教会を、今日この日、祝福してくださいますように。
どうか私たちに、その群れの一つとして、あなたのみ栄えを心からほめたたえる新しい讃美の歌を、今、ここに与えてくださいますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。
アーメン

招詞:詩編46編10節
詩編交読:詩編148編1~7節
聖書箇所:使徒言行録14章1~7節
参考:わたしたちの祈り50
   ハイデルベルク信仰問答講解
   教会に生きる祈り―祈祷集
   祈りの小箱(188)『苦しみの意味』 - 片柳神父のブログ「道の途中で」 -

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