聖霊降臨節第5主日司式祈祷(2014年7月6日)

父、子、聖霊の主なる神さま、
7月の最初の聖日、あなたのみ前に集まって、共に祈りを献げます。
一人ひとりが、あなたに親しく名前を呼ばれ、この礼拝に招かれましたことを感謝します。
今年を迎え、半分を過ぎました。あなたのこれまでのお守りに感謝します。

あなたは、造り主であり、救い主であり、慰め主であられます。
そして、終わりの時には、裁き主としてふたたび来られます。
「主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら
 主よ、誰が耐ええましょう。
 しかし、赦しはあなたのもとにあり
 人はあなたを畏れ敬うのです。」
あなたのみ子、イエス・キリストの贖いのゆえに、私たちの罪をお赦しください。

使徒パウロは、テサロニケの信徒に宛ててこのように書き送りました。
「ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、私たちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛するものとなったからです」と。
「自分たちは、いのちを注いで神の言葉を語る」と伝えました。
どうか牧者が、そのような覚悟と願いを持って、大胆にみ言葉を語ることができるよう、聖霊で満たして下さい。
そして私たちが、牧者がそれほどの思いで語る神の言葉を、いのちを注いで聴く者とならせて下さい。
讃美を支える奏楽者を祝し、オルガンの音色と共にこの会堂を、そして世界を、あなたの栄光で包んで下さい。

今から2000年の昔、あなたが送ってくださった聖霊の息吹によって、キリストの教会が生まれたことを感謝します。
聖霊の力によって、最初の弟子たちは宣教への働きへと送り出され、代々の聖徒たちもキリストの福音を世界に宣べ伝えてきました。
今、この時代、この地に教会が立てられ、私たちが神の民のひとりに加えられ、あなたのみ言葉を聴き、あなたに祈ることができるのも、これらの働きの実りであり、聖霊のわざであることを覚えて感謝します。

2000年に及ぶキリストの体なる教会の歩みにおいて、聖霊は私たちを見守り、一人ひとりの信徒を導いてくださいました。
その長い歴史を振り返るとき、教会はイエス・キリストの愛を証しする器として、この世にあって多くの善き働きと奉仕を行なってきました。
しかしまた、人間的な思いや罪の力によって、問題や争いの中に陥ったこともありました。

神さま、聖霊降臨節にあって、どうか、最初の弟子たちに与えられた聖霊をふたたび私たちの上に降(くだ)し、聖霊の炎によって、私たちの心をふたたび燃え上がらせて、あなたから与えられるみ言葉を語ることのできるものとしてください。
私たち自身の願いや思いを、聖霊に期待したり託したりするのではなく、むしろ聖霊が私たちに指し示すものに目を向け、その導きに従って大胆に信仰を証しすることができますように。

イエス様は「慰め主」である聖霊を私たちのもとに送ると約束されました。
私たちが悲しみや苦しみに打ちひしがれる日、絶望やむなしさのとりことなるような日、あなたの聖霊によって、私たちに寄り添い、私たちを包み、守って下さい。
この礼拝を覚えながらも来ることが出来ない兄弟姉妹、道に迷っている人々ともあなたが共にいてくださいますように。

この、感謝と願いと祈りを、われらの主イエス・キリストのみ名によってみ前にお献げします。
アーメン

招詞:詩編46編10節
詩編交読:詩編107編17~22節
聖書箇所:使徒言行録10章1~8節
参考:み言葉の放つ光に生かされ―一日一章わたしたちの祈り50

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