エヴァンゲリストの経験

今度、バッハのクリスマスオラトリオの第1・2部の演奏で、合唱とともにエヴァンゲリストとアリアのソロも担当します。
これまで、ソリストはヘンデルのメサイアを、やはり合唱とともに何度か演奏してきていますが、クリスマスオラトリオは初めての経験です。
何と言っても“バッハ”です。そしてドイツ語です。そして何よりも、福音史家として聖書を朗読します。何と幸せな経験なのでしょうか。

受洗して4年目。3年目から教会役員に選出され、礼拝の司式当番の際には聖書朗読も行なっています。
棒読みにはならないように、しかし変にかたよった解釈が入り込まないようにも注意しながら、福音史家や使徒たち、主イエスが今語っているように読むことが出来るように努めています。
それを、バッハの作品の上でも行なうことができるのです。

受洗してから自覚するようになったことは、自分が歌うのは召命であるということです。
自分が歌うのではなく、自分を通して聖霊に歌ってもらうということです。
それを通じて、福音を宣べ伝えるということ。自分に任されていることはそのようなことであること。
いえ。それ以前に、自分自身が福音を受けるということなのでしょう。

宗教曲、特にバッハの楽曲の、さらにソロ曲に向かう時、それを通じて神のみ前に立つことを感じます。
バッハは提示します。「共に祈ろう」と。「このように祈ろう」と。

演奏は簡単ではありません。しかしそれをする中で初めて、与えられる平安があります。
そして他の演奏者と聴衆の前で演奏することで、その平安を分かち合うことが出来ます。
楽曲を歌いこなすのではありません。楽曲の演奏を通じて、既に与えられている恵みとそれに対する感謝を表すのです。


主よ、お支え下さい。

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