信仰とは何か

 一人の青年が深刻な顔つきで尋ねました。
 「信仰って何ですかね」
 聞かれたのは、ひとりの年配の女性。長い間、教会付属の幼稚園で教諭として働かれた方でした。
 「そりゃー、あーた(あなた)、自分より偉(えら)かもんば、持つことですたい」
と熊本弁で答えが返ってきました。



(同誌第34ページ(信仰者と心の健康/賀来周一)より)

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「バッハの音楽は、キリスト教を信じていないとわからないのでしょうか?」

「バッハを理解するためには、キリスト教の信仰が必要か」

いろいろなところ さまざまな書物で論じられている問いです

「信仰に関係なく、かならずわかります」と答える人も

「ぜひとも必要です。バッハはこうです、という一つの像を共有したいと思ったら、

 キリスト教という点を共有しないではあり得ないから」と答える人もいます



「信仰とはなんですか」「あなたの信仰観は」と訊かれたとき

その答えもさまざまなような気がします

マルティン・ルターは「信仰とは神をして神たらしめることだ」と言ったそうです



「自分より偉かもんば、持つことですたい」



私がバッハやヘンデルの作品を聴いたり演奏したりする時

なぜかこのことばの意味が 全身に流れるのを感じます

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この記事へのコメント

2009年09月06日 22:47
こんばんは。

信仰心を持たなくてもその曲を聴いたり、
演奏して楽しむことはできると思います。

そしてその曲の背景にある宗教の教義を
学ぶことによって、さらにその曲を深く
感銘できる(こともある)と思います。

そしてさらに、その曲の背景にある宗教を
信仰することができたら
(というより信仰していたなら…という感じ)
その曲と一体化できるような気がします。

私は宗教を持ってないので、
うまく表現ができないのですが、
「信仰心」って体にしみ込んでいるものと思うので
・・・同じバッハの曲を聴く場合でも、
私とキリスト教信者の方とではその曲を味わう
度合いというか、ベクトルが違うんじゃないかと
感じています。
2009年09月07日 22:38
らいあさん、コメントありがとうございます。

音楽って、楽しいですよね。
それを作った人や演奏する人が、その楽曲と演奏に何を表現しようとしているのか、最初に感じるのは感性だと思います。

その音楽をもっと楽しもうと思ったとき、作った人や演奏するひとがどんな思いの中にいたのかを知ると、もっと楽しむことができるように思うのです。

音楽は人と人をつなぎますが、人が人であるかぎり、どうやっても孤独なのだと思います。そこに想像力が生まれます。

私の好きな作家、米国作家のリチャードバックは、物語の登場人物に次のようなことばを語らせています

「信仰などなにもいらない。必要なのは想像力だ」

作曲家や演奏家と同じ信仰や(世界に対する)想像力を持つことができれば、その楽曲を通じてそれらの人たちと何かを共有することができるような気が、私はしています。

私が音楽を通じて感じるのは、その美しさや楽しさの向こうにある「自分より偉かもん」の存在で、それを想像することができるのは感性ではないかと思っています。

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