人間の定義とその根拠

限りなく人間と同じアンドロイドは、人間と何が違うのか。

では、人間の定義とは何なのか、根拠はどこにあるのか。

ならば、人間をすべて機械に取り替えたら人間なのか。
http://d.hatena.ne.jp/wiz-stargazer/20080704/1215109876




Wiz★氏のブログでここしばらく扱われ

また 意見交換がなされた命題について

興味があるので 私の考えるところを表してみようと思います



二度ほど当ブログで取り上げた 河合隼雄氏の著作に

「日本人は古来、肉体と精神を分けて考えるということをしてこなかった

 それを分けて考えようとするときに抜け落ちてしまうように感じるもの

 それをわたしは たましい と表現している」

という様な記述があります



Wiz★氏の命題に明確に答えるものになるかどうかわからないのですが

私は人間の定義を 自我

つまり自分のことを考える自分と その自分に考えられる自分の

双方を持っているということに置いています



その根拠は 心理学者の岸田秀氏が言われる

「人間は本能が壊れた生物で、そのために欲望を持つことになった」

という説に同意することに起因しています



「人間をすべて機械に取り替えたら人間なのか」という命題については

前述の たましい に関する引用の通りに

人間をすべて機械に取り替えることそのものが不可能なのではないか

その様に感じています

それは 決して機械に取り替えることのできないものとして

たましい の存在を感じるからです



例えば アニメーションの「新世紀エヴァンゲリオン」における

たましい はクローン人間のただひとつの肉体にしか宿らないという設定も

その様なことをあらわしているのだろうか というのが私の感想です



最後に、Wiz★氏の各命題に対する私の現時点での考えをまとめます。

・限りなく人間と同じアンドロイドは、人間と何が違うのか。
 ⇒たましいの有無。ただしアンドロイドに人間のそれとは異なるたましいが
  発生する可能性は否定できないと思う。(しかしやはりそれは人間の
  それとは異なるものだと思う)

・では、人間の定義とは何なのか、根拠はどこにあるのか。
 ⇒たましい(自我)を持っていること。その根拠は、生物学的に自我を持っている
  のは人間だけだと考えられているから。

・ならば、人間をすべて機械に取り替えたら人間なのか。
 ⇒否。「複製人間」という別の存在になるだけ。たましい(自我・意識)は
  不安定な存在で複製することはできないため、人間をすべて機械に
  取り替えること自体が不可能。



キチンとした返答文になっているかどうか

自信はないのですけれども

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